2009/07/06
ここで俳句を一句読みます。
分け入つても
分け入つても
青い山
そうです。僕が考えたのじゃありません。種田山頭火という過去の偉人が書いたものです。
『これ俳句かよ!!』と思ったあなた。
それもその筈、五七五にすらなって無いのです。
自由律俳句者として、賛否両論の耐えない表現者ですが、僕は俳句の世界でなら彼の句が一番好きです。
ご覧の通り、6 6 5のリズムで書かれていて、『適当じゃねぇ〜??』と思う人もいるかも知れませんが、
これは自由に見えて、一定のルールによって忠実に書かれています。
音楽の世界に限らず、俳句の世界にも譜面的な要素があると思えます。
まず、人は曲を聞く時、呼吸とか普段喋っている言葉の語感を元に言葉を認識していると思いますが、書いている側の人間も、もちろんその法則を極力くずさないように作っていると思います
例えばわかりやすくゆうと
1、『君の事どんな誰より愛してる』というフレーズを乗せる時、基本的にはなるべく気持ちいいところで
2、『きみのこと(息)どんなだれより(息)あいしてる〜』と言う風に乗せると思うのですが、
まれに
3、『きみのこ〜とだぁ〜れよ(息)りあいしてる 』になってる事だってあります。
曲だったらなおさら、息の吸う位置がちゃんとしてないと『3』みたく少し残念な事になりますよね。
俳句の世界はそこまで極端な事は起こりえないですが、呼吸の位置や句の雰囲気に関して、悪例に近いものはあります。
ただ種田山頭火さんの句は、母音や子音の関係、無声音の位置、それが連結して生み出す空気感や、
その他譜面的要素に近いところのルールに乗っ取っている故、俳句の呼吸リズムを崩していないと思えます。
そして、自由律俳句のもう面白さの一つは、ほとんど文語を避け、その時代にあった現代口語で書かれているのです。(山頭火の時代でいうところではそれまで主流だった、〜たり〜けり等もさける形)
”自由気ままに言葉選びをする” と言う事です。
(自由といってもさっき言った様なリズムにあってないと
選べませんから、それはそれで大変なんですが…)
この事を裏切り、俳句のリズムを崩せば、『単なるぼやき』になるのですが、この種田山頭火の俳句の空気感と言えば
もう間違い無く俳句以上の俳句です。
皆さんも声を出して”読”んで見て下さい。
分け入つても
分け入つても
青い山
単に彼自身が、山に冒険に出かけた日の出来事を書いているらしいですが、『人生山あり谷あり』的な比喩的背景も感じさせられます。
これは、連結法(結合法)に近いもので、人間の知性でなく、感受性を刺激するものです。
結論を言ったと見せかけてその後にあるものを連想させるという、極限の詞です。
他にも尾崎放哉•おざきほうさい 『咳をしても一人』
等、伝説に残っているすんごーーい自由律俳句者はいますよ。
そして、これも例えばですが、この法則に乗っ取らずに、句を”詠”んでいると 5 8 5 でも空気感を崩してしまうものもありますし、更には5 7 5でも起こりえます!!
なんと実は、WHITE JAMの音楽、歌詞も、自由律俳句に近い要素のものも多いのですよ!!
明日はその句をここで沢山読み、詠みますから
来て下さいまし〜。
PS,最後にSHIROSEマンからここで一句。
『自由って いったいなんやねん』
あ、日曜のオトンのぼやきや





なんか、SHIROSEさんすごい..(・・)!!笑
"自由"って、枠はないけどブレない芯はありますよね。
』
WHITE JAMの曲に親近感が沸く理由が、分かった気がします。。。
これで明日は、また違った楽しみ方ができるな〜
ついでに私も一句。
『SHIROSEマン
スバラシきかな
その感性